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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)15331号 判決 1986年7月28日

原告

川上達雄

原告

矢作信夫

原告ら訴訟代理人弁護士

岡村親宜

被告

高木義敦

被告

高木壽夫

被告

高木直助

被告

酒井薫

被告

高木寛

被告

篠原道子

被告

本郷三栄

被告

池田晶子

被告

田辺睦

被告

石内勉

被告

斉藤操

被告

高木久栄

被告ら訴訟代理人弁護士

中村嘉兵衛

主文

一  被告らは、各自、原告川上達雄に対し金七四二万四九七〇円、原告矢作信夫に対し金四八三万二六〇円及びこれに対する昭和五七年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告川上達雄に対し金一一六一万六四四〇円、原告矢作信夫に対し金七〇二万二六〇円及び右各金員につき昭和五七年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  原告川上達雄(以下「原告川上」という。)は、昭和五五年四月一四日、被告らとの間で、被告ら所有の別紙物件目録(三)記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、同目録(一)記載の建物(以下「川上建物」という。)所有の目的で、次の賃貸借契約を締結した。

(一) 期間 昭和五五年四月一四日から二〇年

(二) 賃料 一か月金二八六〇円

(三) 範囲 本件土地のうち四二・九六平方メートル(以下「川上賃借地」という。)

2  原告矢作信夫(以下「原告矢作」という。)は、昭和五四年二月七日、被告らとの間で、本件土地につき、同目録(二)記載の建物(以下「矢作建物」という。)所有の目的で、次の賃貸借契約を締結した。

(一) 期間 昭和五四年二月七日から二〇年

(二) 賃料 一か月金一六〇〇円

(三) 範囲 本件土地のうち三九・六六平方メートル(以下「矢作賃借地」という。)

3  本件土地は、南側は幅員約六メートルの公道に接しているが、北側は高さ約四・四メートルの崖となつており、崖には高さ約二メートルのコンクリート擁壁とその上部に高さ約二・四メートルの大谷石を積み重ねた擁壁が設置されているところ、昭和五六年一〇月二二日、来襲した台風による雨水のため、本件土地北側擁壁(以下「本件擁壁」という。)が沈下、傾斜し、構造耐力及び保安上著しい危険が迫つた。

4  そのため、原告らは、被告らに対し、本件擁壁の改修、補強等の要求をし、東京都北区長からもその旨の指示があつたが、被告らが本件擁壁の安全上必要な措置を講じないため、原告らは前記各建物を倒壊の危険があつたため取壊した。

5  原告らは、被告らに対し、昭和五七年七月三〇日付内容証明郵便で修繕義務違反を理由に土地賃貸借契約をそれぞれ解除する旨の意思表示をし、右はそのころ被告らに到達した。

6  被告らの責任

(一) 被告らは、本件土地の賃貸人として、原告らに対し、川上賃借地及び矢作賃借地をいずれも建物所有のために適した状態に置く義務及び使用、収益に支障が生じた場合には必要な修繕をする義務を負つているところ、本件擁壁には、(1)水抜き穴が設置していない、(2)いわゆる二段腰(約二メートルのコンクリート擁壁の上に約二・四メートルの大谷石を積み重ねてある。)の構造で、地盤面から一直線で直結していない、(3)水分を含み易い大谷石を使用している、という瑕疵(以下「本件瑕疵」という。)があり、雨水に対して耐久力のない構造のままで放置したうえ、雨水により沈下、傾斜し著しい危険が迫つたにもかかわらず修繕を行わなかつた。したがつて、被告らは、使用収益義務及び修繕義務不履行に基づく損害賠償責任がある。

(二) 被告らは、本件土地の所有者として、本件擁壁が雨水により沈下、傾斜しないよう耐久力を備えた擁壁を設置し、維持、管理すべき注意義務があるところ、右注意義務を怠り、前記のとおり本件瑕疵があつたのにこれを放置した。したがつて、被告らは、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(三) 被告らは、本件擁壁の所有者であるところ、本件土地の工作物である本件擁壁に前記のとおり本件瑕疵があつたのにこれを放置した。したがつて、被告は民法七一七条に基づき損害賠償責任がある。

(四) 本件契約締結の際、原告らは、被告らから本件瑕疵の存在につき説明も受けず、全く知らなかつたから、賃貸借の目的物に隠れた瑕疵があつたというべきである。したがつて、被告らは、民法五五九条、五七〇条、五六六条に基づき損害賠償責任がある。

7  損害

(一) 原告川上 金一一六一万六四四〇円

(1) 川上建物及び川上賃借地の借地権代金 合計金六五〇万円

(2) ローン手数料及び同利息相当額 合計金一二三万円

(3) 家屋修繕費相当額 金一二万八五三〇円

(4) 建物所有権移転登記費用 金三万八三〇〇円

(5) 建物火災保険費用 金二万八一四〇円

(6) 倒壊防止シート費用 金一万五〇〇〇円

(7) 建物取壊費用 金一七万円

(8) 土地測量図作成費用 金一二万五〇〇〇円

(9) 土質調査費用 金四二万円

(10) 新家賃(五年分) 金三〇〇万円

(二) 原告の矢作 金七〇二万二六〇円

(1) 矢作建物及び矢作賃借地の借地権代金 合計金四五〇万円

(2) 建物取壊費用 金一六万円

(3) 新住居入居費用 金一七万二六〇円

(4) 新家賃(五年分) 金二三四万円

8  よつて、被告らは、各自、原告川上に対し金一一六一万六四四〇円、原告矢作に対し金七〇二万二六〇円及び右各金員につき訴状送達の日の後である昭和五七年一二月二八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実を認める。

2  同4の事実を否認する。本件擁壁の管理、修繕は賃借人(原告ら)において行うことが約定されていた。

3  同5の事実を認める。

4  同6の事実につき、本件擁壁に本件瑕疵が存在したとの点を否認する。

5  同7の事実を否認する。

三  抗弁

1  (不法行為、瑕疵担保の主張に対し)本件擁壁の沈下、傾斜は、次のとおり、被告らの責に帰すべき事由により生じたものではない。

(一) 台風雨による不可抗力によるものである。

(二) 原告らと被告らとの間で、本件土地賃貸借契約締結の際、本件擁壁の管理、修繕等を賃借人(原告ら)が行うことが約定されていたが、原告らは、各所有建物の周辺に排水設備を設けず、多量の雨水等を本件土地内に滞留させて崖崩れを生じさせ、本件擁壁の維持、管理をする義務を怠つた。

2  (全部の主張に対し)、仮に、被告らに損害賠償義務があるとしても、原告らにも前記の不注意があつたので、過失相殺すべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3及び5の各事実は当事者間に争いがない。

二修繕義務違反について

1<証拠>によれば、昭和五六年一〇月二二日深夜、来襲した台風の豪雨により、本件擁壁に亀裂が生じ崩壊の危険が生じたため、原告川上の妻よし子が被告らに対し本件擁壁の修繕、改修を依頼し、また、同年一一月四日には東京都北区長が被告らに対し、「保安上著しく危険なので擁壁の新規築造又は十分な改修補強等安全上必要な措置を早急に講ずるよう」との勧告をしたが、被告らにおいて改修補強等の措置をとらないまま放置したため、原告らは建物倒壊の危険を避けるため、昭和五七年七月末ころ、川上建物及び矢作建物をそれぞれ取壊すの止むなきに至つたことが認められる。

2  被告らは、本件擁壁の管理、修繕は賃借人(原告ら)において行うことが約定されていたと主張し、<証拠>によれば、川上賃借地に関する契約書(甲第一二号証)には、「土止等に就いては賃借人に於いて施工すること」と、矢作賃借地に関する契約書(甲第一三号証)には、「土留は借地人の責任に於いて管理し、万一の事故の際は損害賠償の責に応じること」とそれぞれ記載されていることが認められる。

3  ところで、一般に、賃貸人は賃借人に対し、賃借物を賃貸借の目的に適つた状態で使用収益させる義務(民法六〇一条)及び必要な修繕をする義務(同法六〇六条)を負担しているところ、特約により賃借人が賃借物を修繕する義務を負担することは差支えないが、特約による賃借人が負担する義務の内容は、通常生ずる破損の補修即ちいわゆる小修繕であり、賃借物の大修理、大修繕は含まれず、ましてや通常予想できないような天災等による甚大な被害に対する修繕は含まれないものと解するのが相当である。本件についてみるに、<証拠>によれば、本件擁壁には、(一)水抜き穴が設けられていなかつたこと、(二)コンクリートの擁壁の上に大谷石が積み上げられているいわゆる二段腰の構造で、しかも地盤面から一直線に直結されていなかつたこと、(三)水分を含み易い大谷石を使用していたことから、台風による雨水を含んで擁壁の土が膨張し、擁壁に亀裂が生じ崩壊の危険が生じたこと、本件擁壁の改修工事費が約二三〇〇万円を要することが認められるので、擁壁亀裂の原因及びその改修費用額からして、本件擁壁の改修を借地人の原告らが負担する義務があるとみることは到底できない。

4  以上によれば、被告らは本件土地の賃貸人(所有者でもある。)として、本件擁壁を修繕する義務があつたところ、これを怠つたものと認められるので、債務不履行に基づき、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

三損害

1  原告川上

(一)  川上建物及び川上賃借地の借地権相当額 金六五〇万円

<証拠>によれば、原告川上は、昭和五五年三月二〇日、丸山正夫から右建物及び借地権を代金六五〇万円で買受けたが、前記のとおり建物取壊しを余儀なくされ、借地権も消滅したことが認められる。

(二)  建物修繕費(金一二万八五三〇円)、登記費用(金三万八三〇〇円)、火災保険料(金二万八一四〇円)

<証拠>によれば、原告川上は、昭和五六年一月下旬ころ、川上建物を修繕し、その代金が金一二万八五三〇円であつたこと、川上建物を購入した際の登記に要した費用が金三万八三〇〇円であつたこと、昭和五五年五月に右建物に火災保険を掛け、その保険料が金二万八一四〇円であつたこと、そして、右各金員を原告川上において支払つたが、右建物取壊しを余儀なくされたことにより、右支払つた額の損害を蒙つたものと認められる。

(三)  倒壊防止シート費用(金一万五〇〇〇円)、建物取壊費用(金一七万円)、土地測量図作成費用(金一二万五〇〇〇円)、土地調査費用(金四二万円)

<証拠>によれば、原告川上は、川上建物倒壊防止のシート掛け工事代金として金一万五〇〇〇円、右建物解体工事代金として金一七万円、本件擁壁改修のため土地測量図作成費用として金一二万五〇〇〇円、ボーリング費用として金四二万円をそれぞれ支払つたことが認められる。

(四)  原告川上は右のほかローン手数料及びローンの利息金の請求をするが、右が建物及び借地権の喪失と相当因果関係ある損害と認めるのは困難であり、また、転居後の新家賃の五年分の請求をするが、右も相当因果関係のある損害とは認め難い。

2  原告矢作

(一)  矢作建物及び矢作賃借地の借地権相当額 金四五〇万円

<証拠>によれば、原告矢作は昭和五四年一月二〇日、三好康隆から右建物及び借地権を代金四五〇万円で買受けたが、右建物取壊しを余儀なくされ、借地権も消滅したことが認められる。

(二)  建物取壊費用(金一六万円)、新居入居費用(金一七万二六〇円)

<証拠>によれば、右建物取壊費用が金一六万円、転居するにあたり権利金、敷金等として金一七万二六〇円を支払つたことが認められる。

(三)  原告矢作は右のほか転居後の新家賃の五年分の請求をするが、右が建物及び借地権の喪失と相当因果関係のある損害と認めることは困難である。

四被告らは過失相殺の主張をするが、原告らが各建物の周辺に排水設備を設けなかつたことが本件擁壁の沈下、傾斜の原因とみることは到底できず、その他原告らに特段の過失があつたと認めるに足りないので、右主張は採用できない。

五以上によれば、原告主張のその余の点につき判断するまでもなく、被告らは、各自、原告川上に対し金七四二万四九七〇円、原告矢作に対し金四八三万二六〇円及び右各金員につき訴状送達の日の後である昭和五七年一二月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務のあることが明らかであるから、右の限度で原告らの本訴請求を認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官吉崎直彌)

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